蜜月まで何マイル?

    “なちゅらる”
 


 海の上では季節感というのがなかなか掴みがたく、此処“グランドライン”では尚更な話。“夏島”だの“冬島”だのと呼ばれている、極端な暑い寒いにつかさどられた海域がアトランダムに連なっているので。先日までは暑い海域にいたものが、中間の気候に当たろう涼しい海域をさして経ないまま、その日のうちといういきなりで、極寒海域へと突入することも珍しくはなく。カレンダー通りの季節感を味わうのはなかなかに難しい。

 「まあそれを言ったら、
  北半球では春にあたろう4月の南半球は 秋真っ盛りなのだし。」

 夏休みにスキーツアーを組めるのが南半球であり、クリスマスにサンタがサーフィンでやって来るのが南半球だ。
「それはそうなんでしょうけど。」
 それでも何だかねと、そういう理屈に、頭だけじゃあない体感センスでも冴えてる身のナミが、む〜んと“もの申す”をしたげなお顔になって口元を尖らせているのへと。こちらさんもまた、知識ばかりが深い訳じゃあない、トレジャーハンター仕様の考古学者なロビンが、駄々っ子を見やるように目許を細めて、それはやわらかく頬笑む。そこへと、

 「二人して何のお話ですか?」

 立てた指先だけで優雅に支えたトレイに、いかにも爽やかなグラスへそそいだアイスティーを運んで来たのが。降りそそぐ陽光がそのまま吸い込まれているような金絲を、時折さらりと風に遊ばせている横顔も端正な青年で。

 「あら、サンジくん。」
 「そっちはいいの? 何ならお手伝いするけれど。」

 頭脳派美人二人から、屈託のない笑顔を振り向けられて、
「今ンところは大丈夫ですよ。チョッパーも手伝ってくれてますし。」
 あいつ生クリームを泡立てるのが随分と上手くなったんですよ? 前は力の入れ過ぎでぼそぼそにしちまっちゃあ、仕方がないからって変則パウンドケーキのタネにしてたんですけれど。しょうがない弟子ですと言いながらも、お顔は優しげな笑みにほころぶ。海賊団の一員とは到底思えぬ腕前で、繊細華麗にして大胆な料理の数々をこなそう天才シェフだが、
「そう。でも本当に、手が足りなくなったら言ってね?」
「そうよ? それでなくたって今日はサンジくんが一番大変なんだから。」
 気遣いのお言葉へ、
「そんなぁ〜vv だったら後で3人だけでお茶しませんかぁvv」
 いきなりダンディっぷりが崩れるくらい、女好きなのが玉に疵だが。いい陽気に芝生が青々と照らし出された、そりゃあ暖かな甲板にいるのは、彼らとそれから、

 「だから。その仕掛け、そんなコンパクトにまとめるにゃ無理があろうが。」
 「いやいや、お前が言うのは耐久性優先の箱もの大事な構造なら、だろ?」
 「あ? それじゃあいけねぇってのかよ。壊れること前提な代物を作れってか?」
 「だから、そこまで言ってねぇだろがっ。」

 同じ“もの作り”の専門家同士でも、これまでの発明のほとんどを山勘での“当たって砕けろ”してきたウソップと、エンジニアとして きっちり基礎を叩き込まれているフランキーとでは、その根幹部分が大きく違うせいだろか、時折 主張がぶつかるか。弁舌止まらぬ口では喧々囂々とやり合いつつも、やはり止まらぬ手元の方が、一応は相手が望む通りのものを素早く見事に作ってみせてから、

 「だからだな、これだと此処の底板の強度が…。」
 「いんだよこれで。ウソップ特製、不思議雲発生器 Ver.3の改良点はだな…。」
 「ちっ、しゃあねぇな。じゃあ、この部分は こうしてだ。」
 「おおおっ、そう来たか♪」

 結構 気が合ってる様子のツーカーな会話に落ち着くところが、そこはやっぱり似た者同士で通じるところが多いからだろか。

 「………。」

 そういった仲間たちのごちゃごちゃとした会話を、ふんわりくるみ込んでは 角を取っているよな案配で。朝からずっと奏でられているのが、優雅な曲調のバイオリンの調べ。優雅と言っても眠くなるよなゆったりしたそれじゃあなく、さりとて軽快が過ぎての急かすようなテンポのものでもなく。BGMには丁度いい、割とメジャーな協奏曲ばかり、つなぎ目も自然なアレンジにしての、奏で続けている奏者があって。

 「…どしました?」

 その奏者のすぐ傍らに座り込み、曲に聞き入ってはいるものの、どこか浮かない様子でいるみたいだと。演奏へ集中しているようで、その実、ちゃんと把握していたらしき、白骨なのに、肝心なところで大ボケしたおすのに、そこはやはり神経こまやかなところもあるブルックが。典雅なワルツの変奏曲、その身をゆらして紡ぎつつ、傍らに居る船長さんへと問いかける。すると、

 「………え?」

 声をかけられようとは思わなかったか、今まで目を開けて寝てましたというような反応、薄い肩をひくりと震わせたルフィだったけれど、

 「な…。」
 「何でもないってことはないでしょう。」

 あっさりと機先を制されており。

 「曲に合わせて体を揺らしてらしたものが、
  途中から いやに静かになってしまわれて。
  退屈になったなら、
  サンジさんやウソップさんのところへ突撃なさるのが常だのに、
  それもなさらないとなると。」

 付き合いが一番短い間柄だが、そこはそれこそ年の功というものだろか。平生は いつも溌剌としていて、悪く言って落ち着きのない少年だというくらい、彼の側からもとうに把握し切れているらしく。そして、

 「う…。」

 言い当てられた通りだったか、小さな船長が二の句を告げずに黙り込む。考え込むなんて柄じゃあないけど、ふと思ってしまったことがあったらしくてのそれで。流れるような旋律の、そりゃあ なめらかなロンドに乗っかるように、沈思黙考、取り留めのないことを思っていたらしく。
「ホントに大したこっちゃねぇんだけどもな。」
「そうなんですか?」
 訊き返した骸骨の君は、もふもふしたアフロの髪を乗っけたそのお顔に、されど表情がさっぱりと現れないので。どんな思惑で、言っているのか訊いているのかが判りにくい。演奏への集中もあるせいか、声もどこか単調であり、訊きようの底にひそむ意図までを窺い知るのは難しかったが、とはいえ、そんなものを伺うのは そもそもルフィらしくもないことであり。どう思われるかを気にしての躊躇じゃあなく、ただ、自分の裡
(うち)にたゆたっていた想いを、言葉にするのへ手間取ってのことに違いなくて。

 「ん〜と。ブルックは音楽家で演奏で人を楽しませることが出来っだろ?」

 音楽家を“おんがっか”と発音する稚
(いとけな)いところが、何とも彼らしいので。実を言うといつもいつも、苦笑が絶えないブルックだったが、それもまた残念ながらルフィには気づかれてはおらず。

 「サンジは料理にかけちゃあ世界一だ。」

 そんな言う割に ちゃんと味あわないで掻っ込むだろがって、怒られてばっかいるけどな、なんて。にしししと ぱっきり笑って見せてから、

 「チョッパーは腕のいい医者で、病気や怪我を治せる。」

 俺らがちゃんと養生しねぇと、凄げぇ剣幕で怒んだからよ。その時のお顔の真似か、眉をグッとひそめて見せて、

 「ナミは海のことや天気のことに詳しいし、
  ロビンは伝説のお宝の話から最近の海賊の噂まで、何でも知ってる物知りで。」

 口が達者で喧嘩も強えぇんだ、怖いもんなしだよな? 一応辺りを見回してから、わざとらしいひそひそ声でそうと付け足して、

 「ウソップは狙撃の腕が抜群で、
  フランキーはあっと言う間に何でも作れる、魔法使いみたいな奴だし。」

 ただし、そろって酔っ払うと喧しくってしょうがねぇけどな、なんて。このお祭り騒ぎが大好き船長が、なのに閉口したほどの何かしら、やらかしたことがあったらしくって。そんな仲間たちのことを、微妙に腐しつつも結局は一通り自慢げに語ってから、
「だってのによ。」
 ふっと、最初にブルックが見とがめた、ちょっぴり物思いに沈んでたお顔に戻ってしまい。薄い肩がしゅるんと力なく落っこちる。

 「だのに?」
 「だから……。」

 むいむいと口元尖らせて、言いにくそうになりつつも、ゆるやかな曲想のまま、答えを待ってるブルックなのだと、そこのところはルフィにも肌合いで判ってて。胡座を崩しての足の裏同士を合わせて抱え、ずんと小さな駄々っ子のように黙っていたのもどのくらいだか。
「だから。」
 結局は根負けしてしまい、口を開いた船長さんが言うことには、

 「俺って何にも出来ねぇからさ。」
 「はいぃ〜〜い??」

 別にフォルテシモな場面でもなかったのに、バイオリンの調べが ぎゅきゅる・きゅるきゅると急上昇し。それまでの大人しくもムーディな調子からのあんまりな変わりようへ、一体何事かと、あちこちでそれぞれの作業に集中していた皆様が、何だなんだとこっちへ眸をやったほど。
「あ、いえ。何でもありません。皆さん、どうかお手を戻して。」
 いやはやどうもと、歯切れのいい声で応対し、体の前へ弓を持ったままの腕を延べ、紳士のように優美なお辞儀をして見せたブルックだったので、

 「ああ、びっくりした。」
 「ブルック、あんまりルフィに乗せられないようにね。」
 「そうだぞ。素っ頓狂なリクエストは黙殺していいからな。」

 大事がないなら“ま・いっか”と、それ以上の追及こそ来なかったものの。こちらはそれこそ そうはいかないと、白骨のアーティストが勇み立つ。

 「何にも出来ないって、あなたそれ、本気で言ってるんですか?」

 何だ何であんな、みんなが驚くような音が出たんだろと、選りにも選っての張本人様もキョトンとしているのへと向き直り。ちょこっと紳士的ではなかったけれど、弓の先で指差すようにしつつ訊き直せば、あっけらかんとお答えがあって。

 「だってよ、俺はゴムの体だってことしか取り柄がねぇもの。」

 現に今だって、何も割り振られねぇまま、こうやってるじゃんかと。突き詰めればそこから端を発していたらしきご不満を、そりゃあ判りやすくもぶうぶうと零した彼だったのらしくって。

 「……ま、それはそうかも知れませんが。」
 「〜〜〜〜〜〜っ☆☆」

 すぱ〜んと肯定してしまったその途端、船長さんの頬がますます膨れたのは言うまでもない。あわわ、しまったぁと骨張った…つか、骨しかない手を口元へやり、
「で、ですが。そんなことを言い出したらば、あなたがいなけりゃこの一味は始まらなかったのだし、こうして成立もしてはないんでしょうから。」
「それはそれだ。」
 つまりは、今の今 必要とされてないのが、ご不満な船長さんだと判って……。あらまあ他愛ないとばかり、ブルックとしては開いた口が塞がらなくなる。

 “あれほど桁外れな強さを持ってて、
  諦めるってことをてんで知らない、前向き屋さんだってのに。”

 なんてまあ、他愛ないことで拗ねてることかと。
 なんてまあ、お子様なんだろかと。
 呆気に取られての一時停止に入ってしまったものだから。

 「ブルック?」
 「あ……ああ、すみません。」

 意表を衝かれ過ぎたので、息が止まるかと思いまして。いえ、息はしてますよ? そう、肺はありませんが。いつものようにセルフ突っ込みつきのお答えを返してから、

 “生きてりゃきっと、いいことあるよって。
  はっきりくっきり示してくれる、教えてくれる凄い人が、
  今更 何言ってますかねぇ。”

 だっていうのに、何とまあ。もっとずっと手前のことだろ、小さくて瑣末なことへ、こんな拗ね方をする子でもあって。

 “腕に覚えのある皆さんが、
  でも、あなたと一緒に戦いたいからこうして集まったのですよ?”

 自分の目的の方が優先だとか何とか、建前や信条はそれぞれにあろうけれど、それでも。生活や航海においての何のスキルもないままで、頼りないにも程があり、そのくせ破天荒が過ぎて目が離せないルフィと、だのに一緒にいるのはどうしてか。海賊王になると言って憚らぬ彼を何とかしてやりたいから…じゃあない。そんなものはおまけのついでだ。どうかすりゃ世の中の道理とだって正面切って戦ってしまおうような彼なのが、そんなことは果たせぬ相手へ、それこそ巨大な風車に向かってくように見えつつも。実は自分もやりたいと思ってたことで、しかも彼となら、胸張ってそういう馬鹿をやってやれそうだからと…。

 “ああ、こういう小理屈も野暮でしかないでしょうか。”

 通り一遍な言いようじゃあ、きっと納得しちゃあくれないだろう、幼子のように膨れておいでの我らが頭目。さてどうしたものかと顎に挟んだままだったバイオリンを離しかけ、その鏡面に映り込んだ何かに気づいて頭上を見上げて………。


  「こういうときに何にも出来ないお人なら。もうお一人いませんか?」

  「え?」


 黒々と空いた眼窩が見上げた先にあったのは、空中に浮かんだ格好の見晴らし台で。今、そこに陣取っているのはと言えば、

 「あ、や、だってよ、ゾロは今日は何もしなくていいんだってば。」
 「そうなんですか? だったら見張りだって免除されていいはずじゃあ。」
 「う…っと、そうかな?//////////」
 「そうなりますよ、理屈じゃあね。」

 うんうん頷く無表情な骸骨さん。でもね? あのね? 何というのか。此処にサンジやナミあたりが居合わせたなら、なんてまあ白々しい言いようをするものかと、苦笑が絶えなかったに違いなく。


  ―― ただ退屈だったってだけじゃない。
      今日ばっかりは、あのね?
      特別扱いしてやんなきゃいけない日だから。
      好きにさせたげなきゃいけないかなと。


 そうと思って、いやさ“思い込んで”のこと、まとわりつくのもダメなんかなぁと、これでもここまで“いい子”で我慢をしていた彼であるらしく。

 「じゃあ、俺が。」
 「ええ。ルフィさんしか手の空いてるお人もいませんし。」

 だから。代わってあげるの、ルフィさんにしか出来ないことでしょう?と、カタカタ歯を鳴らしたのは笑ってくれたのかしらね。んじゃ行ってくる、言うが早いかドビュンと一気に、ゴムゴムのロケットにて小部屋にバージョンアップした見晴台までを翔け上がった、お元気な台風を見送って。

 「どわっ、何だなんだ、お前どっから飛び込んで来たっ!」
 「そんなもん、どうでもいいじゃんかっvv」

 いきなり賑やかになった頭上を楽しげに見やりつつ、次の曲へと取り掛かる。

 “いやはや、素直なんだか短絡なんだか。”

 直情短絡が、だが、まだ許される年頃の、そういう坊やでもあるのだと、こんな場面ではっと思い出させてくれる、でもでも 途轍もないほど器の大きな君。一番最初のお仲間だという、緑頭の剣豪さん。自分の魂の分身を宿した不死の龍剣士を見事倒した凄腕ぶりは、果たして元からのそれかそれとも此処で磨いたか。そんな…やはり破天荒な魔獣を、されど感服させての翼下に招いたそのくせに。今日くらいは いい子でいないと悪いじゃんかとでも思ったか、窮屈そうに我慢の子でいたりもして。

 “いやいや、退屈なんてしそうにありませんね、こりゃ。”

 懐かしいラブーンへの土産話がいくらでも増えそうだと、やはり判りにくい御面相の陰にて、くふくふと笑ってたブルックさんだったりしたそうな。そんな天然な船長さんが大好きな、未来の大剣豪さんが、実は今日、めでたく“19歳”となるのだと知って、どしぇえ〜〜〜っと、有ったら目玉が飛び出そうなほど驚く彼なのは、また後のお話♪






  〜Fine〜  08.11.11.〜11.12.


  *しまった、これではゾロの話じゃなくてルフィの話だ。
   錆びついております、はい。
(とほほん)
   といいますか、ブルックさんを書いてみたかったんですね。
   最年長としての参入だってのに、
   剣技だって相当なもんだってのに、
   ルフィやチョッパーと張り合えそうなほど天然なお人。
   思うように書けたら楽しかろうなとvv
   ……お誕生日企画でやるこっちゃなかったですね、ゾロすまん。

  *ちなみに、natureは、自然天然という意味の他に、
   “天性の〜”という意味にも使うのだそうで。
   これと思った相手へ強引な押せ押せ攻撃をかけるので判りにくいですが、
   ルフィの側だって相当な“人誑し
(たらし)”だと思います。
   それこそ天性ものの…♪

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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